イドリーミング
 土居伸彰
Nobuaki Doi, “Daydreaming: Don Hertzfeldt's Everything Will Be OK and I Am So Proud of You"
  
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『あなたは私の誇りよ』 ©bitter films

 ハーツフェルトの作品は衝撃的だ。映像や音の迫力がショック作用をもたらすというだけのことではない。彼の作品は、僕らの日常に沿いつつ(むしろ沿いすぎているがゆえに)、その根本を揺るがす。人間存在の有限性とその外部に広がる途方もない世界をほのめかし、覚醒させる。
 『なにもかも大丈夫』はスメタナのモルダウをメインテーマのひとつとしており、一方で『あなたは私の誇り』はその山場にワーグナーのライン川の黄金を用いる。後者は砂浜で始まり砂浜で終わり、小さなビルに話しかける男は、ビルが存在する以前にも以後にもずっと存在しつづける海のことを話す。僕らを超えて存在する、大きな川や海のことを僕らは意識的にか無意識的にか思い出す。波の音は随所で鳴り響く。このシリーズは僕らの日常同様に反復で出来ている。二つの作品を通じて、バスや列車のモチーフだったり、同じシーンや構図やシチュエーションが少しばかりバリエーションを変えて繰り返される。そういったことは、僕らはこの生がどうなるかをもうすでに知っているのではないかという想像や、デジャブを感じつづけてしまうこと、また同じ過ちを繰り返してしまった経験を思い出させる。反復する生と、自分を超えた大きなもの。それらによって構成されるこのシリーズには、僕たちが途方もないものとしての現実を認識するときのイメージが映写されている。だからこそ、彼の作品が持つ感触は、生それ自体が持つ圧倒性の感触と似ている。
 「なにもかも大丈夫」に登場するキャラクターたちもまた、単純化された描画がしばしばそうであるように、人間のなんらかの性質を誇張し戯画化したものではなく、人間そのものの凝縮だ。ビルは大病に冒されるし、親類たちは極端な運命を辿るが、それは彼が有限である人間存在そのものまるごとを凝縮化したものであるからだ。彼は実は、僕ら自身となんら変わることがない。ビルの母親の生もまたそうだ。彼女の人生を回顧すれば、それはもちろん悲しい。息子を亡くし、母親は狂い、自分自身も離婚を重ね、ベビーパウダーの匂いを漂わせつづける。脳を病んだもう一人の息子には思わぬ暴力をふるわれ崩れ落ち、最後は発作で列車にはねられて死ぬ。彼女の他者への思いは決してうまく届かず、届いたとしても過剰になる。でも、何度も何度も練習された手書きのメモとそこに描かれている「あなたは私の誇りよ」という言葉。あれこそが、僕らが自分の手が届かず思い通りにならない世界に対してとる関係性の象徴だ。決して適切には届かない自分以外の茫漠とした世界に対して、それでも届かせようと必死に努力を重ねること。その結局達成されない努力はビルの母親を有限な人間存在とそれゆえの悲しさの凝縮の表現にする。そして、それこそが、本当の意味で僕たちが外部に手を伸ばすあり方だ。

 「なにもかも大丈夫」。この三部作に冠されたタイトルが意味するものは、根拠を欠いた能天気のポジティヴィズムなどではない。ハーツフェルトの作品によって、僕らがあまりに巨大な世界のなかのほんのちっぽけな存在であることに気付いかされたとき、このフレーズにはこれ以上ない根拠が生まれる。「なにもかも大丈夫」、それは日常に本来あるべき不確定性を取り戻すということである。無駄な確信や惰性が容易に消し去ってしまうものを。生が圧倒的でどうにも掴みがたいという事実を認識することで、生には不確定性が取り戻され、すべての確信は推量に戻される。それが本来あるべきであり、本当のところそうでしかない姿に。不確定な生は僕らを途方に暮れさせるが、しかし一方で、未知であることは、見慣れたはずのものに興奮を取り戻してくれる。子どもの頃のビルは将来自分を待つはずの「ステキなこと」に思いを馳せる。病気から回復したビルの瞳には、極めて日常的な雨というものが、限りなく美しくそして圧倒的なものとして映る。それは一時的で刹那的な感情ではあるのだが、僕らが不確定である限り、「なにもかも大丈夫」と思えるその一瞬はやってくる。悲しいことに、それはおそらく最終的に間違っていることを証明される。しかしそれでも、僕らはそんな夢を見始める。


『なにもかも大丈夫』 ©bitter films



○Animations関連コンテンツ:「ドン・ハーツフェルト インタビュー」

公式サイト:bitter films

フィルモグラフィー

1995 Ah, L'Amour
1996 Genre
1997 『リリー・アンド・ジム』Lily and Jim
1998 『ビリーの風船』Billy's Balloon
2000 『リジェクテッド』Rejected
2003 Welcome to the Show/『三次元は休憩』Intermission in the Third Dimention/The End of the Show
2005 『人生の意味』The Meaning of Life
2006 『なにもかも大丈夫』Everything Will Be OK
2008 『あなたは私の誇りよ』I am so proud of you
2009 『親不知』Wisdom Teeth

○DVD情報

「アメリカン・ショート・ショート 1999スペシャルセレクション」[Amazon]
→『リリー・アンド・ジム』が日本語字幕付きで収録。

bitter films volume one: 1995-2005[bitter films]
→"Ah L'Amour"から"The Meaning of Life"までの作品を収録したDVD。140ページ超のプロダクション・ノートや未公開映像、ドキュメンタリーなど、盛りだくさんの内容になっている。

everything will be ok[bitter films]
→普通の人ビルを主人公とした三部作の第一作everything will be okのシングルDVD。DVDには珍しいほどの高画質と100ページ超のプロダクション・ノート(+隠しコンテンツ)付き。

i am so proud of you[bitter films]
→三部作の第二作i am so proud of youのシングルDVD。148ページのプロダクション・ノート付きの限定版。

土居伸彰「デイドリーミング――ドン・ハーツフェルト『なにもかも大丈夫』『あなたは私の誇りよ』」(2)
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