ロ・ピッコフ
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――次の話題に移らせてください。ヨーニスフィルムのウェブサイトには、あなたの略歴が載っています。あなたはフィンランドのトゥルク・スクール・オブ・アート・アンド・メディアに通っていましたね。プリート・パルンが教えていたからでしょうか?

そうです。

――プリート・パルンやその作品の存在を知ったのはいつですか?

子どものころから知っていましたよ。

――テレビで放映されているのでしょうか?

そうです。彼の作品が好きで、彼のもとで学びたいと思い、トゥルクに行きました。今では彼はエストニアに戻ってきていて、一緒の学校で働いています。タリンに学校を作ったんです。昔は学生と先生だったのに、今は同僚なわけですから、面白いものですね。

――パルン作品で好きなものはなんですか?

『1895』と『ガブリエラ・フェッリなしの人生』ですね。彼の新作ももうすぐ完成しますよ。『雨のダイバー』The Divers in the Rainという12分の作品で、『ガブリエラ』と同じテーマを扱っています。

――あなたにアニメーション制作の道を歩ませたのは、プリート・パルンの作品ですか?

そうです。私は子どものころ、面白い絵や漫画のようなものを描いていました。しかし、パルンのスタイルを好きになったのです。彼は私にとっての先生です。私はかなり影響を受けています。私の作品が彼のものに似ているという人は多いです。今はそこから離れようとしています。『ディアロゴス』は最初の一歩です。今すでに新作を作っているのですが、同じスタイルです。フィルムに直接描くスタイルで、『ディアロゴス』よりもさらにクレイジーです。

――あなたの経歴には変わった項目もありますね。法学部を卒業しています。どうしてですか?

まず、私の両親は科学者みたいにかなりの教養がある人たちでした。私はフィンランドで学びましたが、エストニア語もさらに磨きたかった。エストニアでもさらに学びたいとも思ったんです。法学部に入ったのは、法には多くの哲学がこめられていて、興味深いこともたくさんあるからです。
実際、アニメーションと法は似ています。両方とも抽象的です。法を見ることはできません。芸術にも法則がありますが、それも見ることはできません。もしあなたが私を殺したとして、あなたは牢獄にいれられます。でもあなたは法自体を見ることはできません。アニメーションにも抽象的なものだらけです。法とアニメーションはとても似ているのです。法を勉強すること自体も楽しいですしね。勉強できてよかったですよ。とても満足しています。アニメーション作家の多くは芸術しか学びません。それでは狭い視野しかもてませんよね。私はさらに広い視野で物事を見れるようになりました。
ところで、牢獄にアニメーション・スタジオを作ってみたらいいと思いませんか? 牢獄には才能ある人たちがたくさんいますからね。彼らはタトゥーを彫っているでしょう? だからフィルム・スクラッチのスタジオを作ったらいいと思うんです。設備も少なくてすみますし。コンピュータもカメラもいりません。5人か10人か、それくらいいれば『ディアロゴス』みたいな長編も作れるんじゃないでしょうか。

――そのときにはあなたも牢獄に入りますか?

たぶんね(笑)。


ウロ・ピッコフ

――エストニア・アカデミー・オブ・アーツで先生をなさっていますね。どのような教え方をしているのでしょうか?

学生たちにはたくさんのスタイルや技術、ソフトウェアを紹介します。いろいろな作品もみせます。いろいろなアーティストを学校に招いて、講義やワークショップをやってもらいます。 でも、芸術というのは教えることはできないんです。他の人たちがしていることを紹介して、アドバイスを与える、それだけしかできません。アイディアを与えて、印象付けることしかできません。でもこのやり方はとてもうまくいっていると思います。今年のアヌシーの学生部門には私の学校から二本入選しています。彼らは私の学生です。私たちがエントリしたのはその二本だけですから、100パーセントです(笑)。

――二本ともとても印象的でした。アイディアが素晴らしいと思いました。脚本の書き方、アイディアの磨き方はどのように指導していますか?

基本的には、たくさん議論します。学生がアイディアや脚本を持ってくると、それを元にして話し合うんです。「こういうふうに変えなさい」とは決して言いません。「これだとわかりにくいよ」だとか「これだと退屈だね」だとかそんなふうに言います。答えを見つけるのは彼らです。自分たちで解決方法は見いださせます。私はコメントをするだけで、決定権は彼らにあります。先生は独裁者ではなく、アドバイザーなのです。

――卒業した学生が働けるような場所はありますか? 日本では最近、アニメーションを学べる場所がたくさんあります。しかし、学生たちが作品を作れるのは、学校にいる期間だけです。短編作品を作るような仕事はほとんどありません。

エストニアの状況は良いですよ。学校を作るとき、大きなスタジオと契約を交わしたんです。学生たちはスタジオで実践練習をさせてもらえて、そこで作品も作る。場所を借りて、人形アニメーションも作っていますが、照明などはプロの指導を受けます。プロが学生を助けるんです。そして卒業後には、スタジオが彼らを雇います。第一期生の五人が卒業しましたが、彼らはみななんらかのかたちでアニメーションの仕事に携わっています。とても素晴らしい状況です。

――エストニアは政府とも良い関係を築いていますね。制作費の70パーセントを出してもらえるとか。

政府がアニメーションをサポートするのはとても良いことです。エストニアは世界で唯一アニメーション作家がサッカー選手よりも有名な国です。アニメーションが自分たちの強みであるということをみんなが知っていて、政府はそれをサポートしてくれるのです。とても良いことですよ。

――エストニアの他のアニメーション監督たちの関係を教えてください。

わたしたちはみな良い友達です。アイディアについて議論もします。スタジオの制作プロセスはとても民主的なのです。スタジオ自体、アニメーション作家たちの所有となっています。誰かが作品を作りたかったら、スタジオの監督全員が脚本を読み、それに対してコメントを加えます。でも、単なる手助けであり、意見を述べるだけです。学校とは違います。アドバイザー程度です。でも、私はプリート・パルンを尊敬していますから、彼と話すことが一番多いですね。彼は私にとってとても重要なのです。クレバーで、クールです。

――エストニア作品はどれもユニークな動きをしますよね。どうしてでしょう?

おそらく伝統でしょうね。私たちはエストニアのアニメーションやそこに出てくるキャラクターが好きなんです。その伝統を続けたい気持ちはありますよ。日本ではどうなのかわかりませんが。でも柔道がありますよね。先人が打ち立てた伝統を継承しなければならないこともあるということです。

――最後の質問です。次の作品について教えてください。

今は二つの作品を準備しています。一つは人形アニメーションで、人形アニメーションのスタジオ、ヌクフィルムで制作します。私にとって初めての人形アニメーションです。身体の記憶がテーマになっています。脳よりも身体の方がよく覚えているということがありますよね。とても抽象的な話ですが、身体と記憶、それがテーマになります。
もう一本は『ディアロゴス』と似た作品です。こっちは一人で作ります。フィルムに直接描きます。でも今回はまっさらなフィルムだけじゃなく、使用済のフィルムも使います。復讐のような作品です。子どものころに本当に嫌いだったもののフィルムを手に入れて、それを作りなおしてやるんです。音楽について話しましたよね? 今度の作品はリミックスをして新しいヴァージョンを作る感じですよ。『ディアロゴス』よりも愉快でクレイジーなものになると思います。尺も長くなります。

2009年6月13日アヌシー国際アニメーションフェスティバルにて


エストニア・アニメーション・マフラーを誇らしげに広げるウロ・ピッコフ




ウロ・ピッコフÜLO PIKKOV

1976年、タリン生まれ。幼少時にプリート・パルン作品を観てアニメーション制作を志す。パルンの指導を受けるために、フィンランドのトゥルク美術大学に入学、学生時代に制作した『カプチーノ』がオタワ国際アニメーション映画祭(当時)で受賞するなど、国際的に高い評価を受ける。その後、タルトゥ大学で法を学ぶなどしつつ、精力的に作品を発表。エストニアの平面アニメーション・スタジオであるヨーニスフィルムに所属しつつ、プリート・パルンとともにエストニアの国立の美術大学にて教育にも携わっている。

フィルモグラフィー

1996 『カプチーノ』 Cappuccino
1996 『ルンバ』 Rumba
1998 『バミューダ』Bermuda
2001 『頭のない馬男』 The Headless Horseman
2001 『スーパーラブ』 Superlove
2003 『猿年』 The Year of the Monkey
2003-2005 『フランク・アンド・ウェンディー』 Frank and Wendy
 ※テレビ・シリーズ、プリート・テンダー、カスパール・ヤンシスとの共同監督
2006 『人生の味』 Taste of Life
2007 『バルト海のテーブルマット』 Tablemat of Baltic Sea 
 ※オムニバス・アニメーション『ブラック・シーリング』Black Ceilingの一編

2008 『ディアロゴス』 Dialogos

○DVD情報
Black Ceiling[Apollo.ee]
→ヨーニスフィルム所属監督によるエストニア詩のオムニバス・アニメーション(DVD)。ヤンノ・ポルドマ、カスパル・ヤンシス、ヘイキ・エルニッツ、ウロ・ピッコフ、プリート・テンダー、プリート・パルン&オリガ・マルチェンコ、マッティ・キュットが参加。



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