イアン・ラーキン、
幻想の依存的誘惑に囚われて

 クリス・ロビンソン(訳・土居伸彰
Chris Robinson, “Ryan Larkin: Trapped in the Addictive Allure of Illusion"(2000) from Unsung Heroes of Animation(2006)
  
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 ネルヴァナ社や(噂によると)『ヘヴィー・メタル』(1981)での作業に関わった短い期間の後、ラーキンは、自分の財政の破綻に気付く。ラーキンが唾や精液を交換しあった女が彼の金を握っていたのだが、女は明らかにラーキンの金を盗んでいた。「80年代の前半、僕は彼女に怒って、金を盗んだことで告発しようとした。彼女が泥棒だって気付いたんだ。彼女を追い出そうとして、暴力沙汰になった。他の男との間に子供がいる女性ってことで、彼女は権威とか警察相手に優位に立てた。僕は暴力男だってことで放り出されたけど、それは事実とは違う。」

 コカイン中毒に加え、ラーキンはアルコール中毒だった。コカインとは違い、ラーキンは酒を飲むということに対して他に変えがたい安息を見いだしていた。実際、飲酒は自分を健康にするとラーキンは主張しているのだ。「僕は小さな頃から酒を飲んでいた。10歳のとき、医者が僕の母に、体重を増やすために一日につき1杯か2杯のビールを飲ませるべきだと言ったんだ。」幻覚にとりつかれた人によくあるように、ラーキンは幻覚の精霊を呼び出しつづける。「僕はアルコール中毒だけど、大酒飲みではないよ。」その違いはもはや、彼の観客がそのトリックを見抜けるかどうかにかかっている。

 少しの間、万事快調だった。ラーキンはある男性と恋に落ち、その男はラーキンにスタジオを提供してくれた。「1980年代にはたくさん良い絵を描いたよ。作品は全部その素晴らしい家に移した。この関係は8年くらい続いたんだけど、最終的には彼が僕を追い出したがった。僕はとても魅力的なんだけど、ちょっとたつと厄介な人間になってしまうことはどうも疑いないらしい。」1990年代、コカインの呪縛から解放されたラーキンは、自分一人で再び始めることとなる。人々に対するラーキンの寛容さは、いろいろな人たちが彼の家を勝手に利用しはじめるという結果を招いた。友人たちは自分に必要なもののために、ラーキンの絵画やドローイングや彫刻を盗んでいった。最終的に、金も友人も失ってしまったラーキンは、自分の家から追い出される。モントリオールの街中に住み、すぐにブルワリーの社会福祉施設へと移ってそこで今も暮らしている。彼の作品は、麻薬や悪ふざけ、その他生きるために必要なもののために質に入れられ、ほとんどすべてがどこかへいってしまった。現在、彼は自分で持てるものだけを持っている。数枚の服、何冊かの本、毎日飲むビール用の小さなソーダ・ボトル。何年もの間、ラーキンを援助しようとたくさんの人たちが努力したが、ラーキンは気が進まず、それを受け入れることができなかった。

 ラーキンの人生は不幸への悪循環を進んでいったのだろうか。その判断は非常に難しい。彼の作品、特に『ウォーキング』や『ストリート・ミュージック』をみれば、そこには彼が放浪癖のある人間だということが見てとれるだろう。構造を欠き、原則もなく無責任な性質を持つ彼の作品は、人生における秩序の否定というラーキン自身の性格を反映しているように思える。今では、ラーキンは路上に自由を見いだしている。そこでは自分の時間も行動も、自分でコントロールできる。彼の現在の一日のルーティーンは、モントリオールのレストランの外で、小銭稼ぎのためにマイムをしたりダンスをしたり絵を描いたりすることで成り立っている。ライアン・ラーキンの人生は、NFBのお抱え作家でいつづけた方が良かったのだろうか。かっちりと構築された我々の保守的な考えは、彼の人生が今どん底状態であると判断するだろうが、私はそうは思わない。私たちは毎日、あわれな魂たちが人生をつうじてずっと眠れぬままに意味のない仕事と家の間と彷徨っているさまを目撃する。不運な旅人たちはこの物質的な構造の網目に囚われてしまう。ラーキンには家もないかもしれないし、仕事もないかもしれないが、でも彼はアーティストでいつづけている。ラーキンが自分の人生に満足していると言っているわけではない。彼は人生に満足していないし、アルコール中毒や人格異常、その他様々な悪魔に悩まされ続けている。明瞭さと不条理の間をずっと行き来し続けている。しかし、今後何が起ころうとも、ラーキンがこの世界に情熱的で繊細な映像詩を残してくれたことは確かなのだ。そして今でも、セント・ローレンス・ストリートを歩く疲れきった魂たちに、たった一瞬のことではあっても、ちょっとした興奮を提供しつづけている。これ以上何を望めようか?

Chris Robinson, "Ryan Larkin: Trapped in the Addictive Allure of Illusions" (2000)

from Unsung Heroes of Animation(2006) この本の情報はこちら。

訳・土居伸彰



ライアン・ラーキンRyan Larkin (1943-2007)

1943年、カナダのモントリオール生まれ。主な伝記的情報はここに書かれたとおり。路上での物乞い生活を続けていたラーキンは、クリス・ランドレスのアカデミー賞受賞作品『ライアン』(2004)に取り上げられることにより再び注目を集める。2005年から、路上生活の経験を元にした新作"Spare Change"(「小銭をくれませんか?」)の制作を開始する。2006年にはMTVカナダのために3つのステーションIDを制作。アニメーション作家としての再スタートを切ろうとしていた矢先の2007年2月14日、脳にまで転移した肺ガンにより死去。63歳。

>公式サイト(現在は工事中)

主なフィルモグラフィー

1965 『シランクス』Syrinx

1966 『シティースケープ』Cityscape

1968 『ウォーキング』Walking

1972 『ストリート・ミュージック』Street Musique

このうち3作品は、NFBのサイトで一部を観ることができる。
>Syrinx [NFB]
>Walking [NFB]
>Street Musique [NFB]

ライアン・ラーキンの全作品は、DVD"Ryan(Special Edition)[Amazon]"に収録されている。(『シティースケープ』は、ドキュメンタリー作品"Alter Egos"の中で一部が流れる。)このDVDの情報はこちら。

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