
ユーリー・ノルシュテイン
山村
ちょっと話が変わりますけど、子どものためのアニメーションについて、どう思われますか。最近「子ども」が、自分の中のキーワードとなってきています。私は1991年から99年にかけて子ども向けの仕事向けの作品を沢山作ってきました。最近は特定の観賞者を明確にしないで、自分の表現として作品を作っていましたが、しかし特定の、なかでも子ども向けにつくる意義を再確認したいと思う様になってきました。
ノルシュテインさんも以前の作品は明らかに子どものために作られていて、何世代にもわたって子どもたちは親しんでいるように思います。何か目的を持って製作されていましたか。
ノルシュテイン
その質問にお答えするためには、もう一度ソ連時代の話に戻る必要があるでしょう。なぜなら、私たちのスタジオというのは、子供向けの映画を作るために設立されたものだったからです。スタジオ自体は1930年代に設立されましたが、その後、子供向け作品のスタジオとして組織されました。大人向けの作品を扱うようになるなんて、誰も想像していなかったでしょうね。
残念ながら、今はひとつのエピソードしか思い出すことができません。未完の作品についてのエピソードです。ツェハノフスキーが監督した、アレクサンドル・プーシキンの有名なおとぎ話に基づく『司祭と下男バルダの物語』[訳注:СКАЗКА О ПОПЕ И РАБОТНИКЕ ЕГО БАЛДЕという文字列を有名動画サイトで検索してみるといいことがあるかもしれません]です。未完成のまま、たった二分間だけの映像素材が残されているだけです。その作品のレベルは信じられないほどに高く、ショスタコーヴィチが音楽をつける計画でした[訳注:日本盤CDがリリースされています。下記リンク参照]。二分間だけ残っているその素材を見ただけでも、これがもし完成していれば、1930年代のその当時、アニメーション映画の革命となったであろうことがわかります。しかし、政治的な抑圧のせい、政治的判断が間違って適用されたせいで、この作品を完成させることはできませんでした。禁止になったのです。
政府というものは、子供に対する自分たちの考えに従って、子供を教育していきます。私は当時の政府がアニメーションの芸術的な側面を考慮していたとは思えません。しかし、子供に対して政治的な教育を施す手段であったとしても、当時、子供向けに作られた作品を一望してみれば、とても強力でしっかりとした芸術的な基盤を持ち合わせていることがわかります。
芸術的なアニメーション、つまり芸術の一形態としてのアニメーションについて話すとすれば、子供たちは、現実の厳密なコピーよりも、そのメタファーやイメージの方をより正しく知覚します。子供が絵を描くとき、その子供は、世界の本質を、自分の世界を通じて理解しようとします。私が思うに、子供たちは、非常にナイーブな自然主義的コピーのかたちで提示された世界からよりも、イメージの体系を通じて提示された世界の方からこそ、多くのことを理解するのではないでしょうか。哲学的な言い方をすれば、この物質的な世界はある種の真実によって支えられていることを私たちは知っています。科学者たちは科学的な分析を通じてそういった真実を発見しますが、一方子供たちはイメージの体系を通じて真実を発見します。そしてそれは科学的な方法と同じくらいに深く行われうるのです。
ここから次の問いが発生します。監督として、芸術家としての、芸術的側面に関する質問です。自分が扱うメタファーやイメージにこめられたものを理解しているのか。それによって何を意味しようとしているのか。自分が作り出したイメージのうちに、何を込めようとしているのか……(しばらく考え込む)
子供のための映画を作るとき、芸術家は非常に高い水準の責任を背負うことになります。ソ連の時代には、子供向けの映画は、善や優しさについてのものでなければならないとされていました。それは完全に正しいと思います。いくら誇張しても誇張しすぎることはありません。
生後二ヶ月の赤ちゃんを被験者にした、単純な生理学のテストの例を挙げて説明しましょう。赤ん坊は何か不愉快なものの匂いを嗅がされると、赤ん坊はしかめ面をして不愉快であることを表現します。一方、バナナを鼻先に持っていくと、笑いはじめます。非常にシンプルな生理学のテストです。
原始的な民衆芸術を見てみれば、使われているすべての線がとてもなめらかであることに気づくでしょう。鋭い線はなく、愉快で好ましい気持ちを表す色が採用されています。こういった民衆絵画は建物の内装や家具の装飾のために用いられており、人々はそれが好ましい気持ちで知覚されるようにしたのです。そういった絵画は、自分が暮らす環境を作ることになるわけですから。子供の心のうちには、静けさや公平さの感情が必要です。そういった感情が、平穏な気持ちを育てます。もしそういった気持ちが育たなければ、子供の心にはつねに不安な気持ちが生まれます。常になにかが視界を曇らせる、不透明な水に例えられるかもしれません。不安の感情は、子供たちの平穏な心を充分に育て上げることを妨げます。[子供向けの]芸術の主たる目的は、子供の意識のなかに生の平穏さを教えることにあります。
これはアニメーションにのみ関係することではありません。子供向けの本だってそうです。1920年代そしてなによりも30年代の児童文学を見渡してみれば、それらの本は世界的な古典となっていることがわかります。(ただし、ソ連においてはそれらの本は出版されませんでした。日本ではされていますね。)ジブリ美術館には「三びきのくま」の部屋があります。その構造は、レフ・トルストイによるおとぎ話と、バスネツォフによるイラストをベースにしています。その部屋にいる子供たちは幸せな気分になることができます。子供たちが遊びはじめるような雰囲気を作り出すことが重要なのです。遊びを通じて、子供たちは、とても重要な価値について理解するのです。(意識的なかたちではありませんが。)私の作品が子供の精神にとって良いものであったかどうかはわかりませんが、ソ連のアニメーションにはそういったものが多くありました。
大人向けのアニメーションが登場した理由についても、説明できると思います。世界とはなにかということを哲学的に説明し理解しようとする芸術家は、ある時期になって、アニメーションがそれに適した手段であることを理解したのだと思います。
大人に向けられた、哲学的なバックグラウンドを説明するアニメーションを作ろうとしたとき、政治的システムによる抵抗は確かにありました。そのことを私は隠すつもりはありません。しかし、抵抗のない世界にいる芸術家など存在しません。どの国出身のどの芸術家をみてみても、誰もが何らかのかたちで抵抗を乗り越えています。抵抗を乗り越えることは芸術家にとって自然なことなのです。作家は、自分のアイデアが素晴らしく、正しいものであることを証明しなければいけない。自分のアイデアを守らなければいけない。
1979年、私はマヤコフスキーに関する作品を作ろうとしましたが、許されませんでした。そのとき私は何をすべきだったでしょう? 自殺でしょうか? 未来の世代に向けて、「私は映画を作ることを許されなかったので自殺します」とでも手紙を残して。その映画にはたくさんの批判がこめられるはずだったのですが、作ることを許されなかった。でも、私は『話の話』という別の作品で同じことを言うことができました。だから私は、一人の人間の創造のプロセスを、一個の全体的なプロセスとして、継続的なプロセスとして考えることにしたのです。ある時期にある作品を作り得なかったとしても、その創造的なエネルギーはまた別の作品につぎ込めばいい。
答えが長くなりすぎました……

ユーリー・ノルシュテイン
土居
……あの、僕の手紙、読んでくれましたか?
ノルシュテイン
はい、読みましたよ。とても長い手紙でしたね(一同笑)。確かエイゼンシュテインの芸術理論に対する私の態度についてのものだったと思いますが。何か訊きたいことがありますか?(もじもじする土居に対して)落ち着いてください、怖がらなくていいですよ。若い女の子じゃないんだから。(一同笑)
土居
……私が特にお訊きしたいのは、創作に関するあなたの態度です。『草上の雪』という本をあなたは出版されたわけですが、この本はおそらく、アニメーションにおけるあなたの創作活動を、遥か昔から今まで続く人間の文化の歴史の中に位置づけようとする試みなのだと思います。それはセルゲイ・エイゼンシュテインと共通するものであるといえます。つまり、人間には普遍的で変わることのない本性のようなものがあって、それは人間と創作活動との関係に関わるものだろう、という考え方です。あなた方二人は創作に関する同じような態度を持っているのではないですか。
ノルシュテイン
あなたのおっしゃることは完全に正しいのですが、順序を正しく並べ替えさせてください。あらゆる文化は交錯しているのだ、ということを私が理解することができたのは、エイゼンシュテインの著作を読んだことによってなのです。
エイゼンシュテインの見方は完全に正しいものだと思います。しかし、彼の研究のすべて、そのアイデアのすべては映画製作に向けられたものです。一方、[アニメーション作家としての]私はこう考えます。視覚芸術や文学とアニメーションとの深いつながりを考えることで、アニメーションの本質に対する理解が深まるだろう、と。
部屋に戻って、手紙を取ってきましょう…… >3(後編へ)
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→『司祭と下男バルダの物語』についての言及あり
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